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名古屋地方裁判所 平成8年(行ウ)16号 判決

愛知県知多郡武豊町字祠峯九三番地の一

原告

早瀬磯雄

右訴訟代理人弁護士

竹下重人

愛知県半田市宮路町五〇番地の五

被告

半田税務署長 阿部芳彦

右指定代理人

西森政一

同右

木下芳夫

同右

太田尚男

同右

片桐教夫

同右

堀悟

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が平成七年四月一四日付けでした原告の平成五年分及び平成六年分の所得税の更正をいずれも取り消す

第二事案の概要

一  争いがない事実

1  原告は、大正四年六月二四日生まれの者で、年金によって生活している。

2  原告は、平成七年二月二三日、原告の平成五年分及び平成六年分の所得税につき、次のような内容の確定申告をした。

(一) 平成五年分

(1) 所得金額

利子所得 八六万八四九三円

(2) 所得控除額 一九〇万一〇〇〇円

(3) 課税される所得金額 〇円

(4) 所得税額 〇円

(5) 源泉徴収税額 一三万〇三四〇円

(6) 還付金の額に相当する税額 一三万〇三四〇円

(二) 平成六年分

(1) 所得金額

利子所得 三五六万二〇四〇円

配当所得 四万四一八〇円

(2) 分離長期譲渡所得の損失額 三七万三一九二円

(3) 所得控除額 一六三万九八〇〇円

(4) 課税される所得金額 一五九万三〇〇〇円

(5) (4)に対する税額 一五万九三〇〇円

(6) 配当控除額 四四一八円

(7) 所得税額 一五万四八八二円

(8) 源泉徴収税額 五四万〇九二〇円

(9) 還付金の額に相当する税額 三八万六〇三八円

3  被告は、平成七年四月一四日付けで、原告の平成五年分及び平成六年分の所得税につき、次のような内容の更正(以下「本件更正処分」という。)をした。

(一) 平成五年分

(1) 所得金額 〇円

(2) 所得控除額 一九〇万一〇〇〇円

(3) 課税される所得金額 〇円

(4) 所得税額 〇円

(5) 源泉徴収税額 〇円

(6) 還付金の額に相当する税額 〇円

(二) 平成六年分

(1) 所得金額

利子所得 〇円

配当所得 四万六七〇〇円

(2) 分離長期譲渡所得の損失額 三七万三一九二円

(3) 所得控除額 一六三万九八〇〇円

(4) 課税される所得金額 〇円

(5) (4)に対する税額 〇円

(6) 配当控除額 〇円

(7) 所得税額 〇円

(8) 源泉徴収税額 九三四〇円

(9) 還付金の額に相当する税額 九三四〇円

4  原告は、本件更正処分について異議申立てをしたが、棄却され、更に審査請求をしたが、審査請求も棄却された。

二  争点に関する当事者の主張

1  原告

(一) 租税特別措置法三条一項は、昭和六三年四月一日以降に支払を受けるべき所得税法二三条一項に規定する利子等について、所得税法二二条及び八九条の適用を排除し、他の所得と区分して、支払を受けるべき金額に対し一〇〇分の一五の税率を適用して、所得税を課することとしている(以下、租税特別措置法三条一項を「本件規定」という。)。

(二) 本件規定には、次のような不合理な点が存する。

(1) 他の所得に損失が発生しても、それと利子所得を通算することができない。

(2) 利子所得以外に所得がない納税者は、所得税法が定める所得控除(以下「所得控除」という。)をすべて受けることができず、一万円から課税される。これに対し、利子所得以外の所得がある納税者は、所得控除を受けることができ、利子所得以外の所得については所得控除後の所得に対して課税されるのみである。

(3) 所得控除後の所得が一二五万円を超える納税者の所得税率は一〇〇分の二〇以上であるから、利子所得を他の所得と合算して総合課税した場合には、所得控除後の所得が一二五万円を超える納税者の利子所得に対する税率は、一〇〇分の二〇以上になる。ところが、本件規定により、所得控除後の所得が一二五万円を超える納税者の利子所得に対する税率は、一〇〇分の一五となる。

(三) 以上のとおり、本件規定は、利子所得について所得控除を否定した徴税強化の規定であるから、国税の軽減、免除のための特例を定めるという租税特別措置法の趣旨に反する。

また、本件規定は、高額所得者の利子所得に対する所得税の負担を軽減するとともに、低額所得者の利子所得に対する所得税の負担を増大させるものであるから、利子所得者について、他の所得の多寡によって課税上下合理な差別をするものということができる。

したがって、本件規定は、憲法一四条一項に違反する。

(四) よって、本件規定を適用してされた本件更正処分は違法である。

2  被告

(一) 租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することはできず、これを憲法一四条一項に違反するものということはできない。

(二) 本件で問題になっている利子所得の一律源泉分離課税の制度は、昭和六二年法律第九六号による改正によって採用されたものであるが、その採用に当たっては、「利子所得には、発生の大量性、その元本である金融商品の多様性、浮動性といった特異性があるため、利子所得に対する総合課税の適正な執行を確保するためには、その捕捉及び管理について大かがりな制度を要するとともに、納税者、金融機関、国、地方の税務当局にとって相当な事務負担や費用を強いることになる。」ということが考慮された。

他方、右の一律源泉分離課税の制度を採用することによって不利益な立場に置かれる者に配慮するため、老人、身体障害者、勤労者財産形成住宅貯蓄をする勤労者等については、利子非課税制度が維持された。そして、平成五年に、その非課税限度額は引き上げられている。

(三) したがって、利子所得の一律源泉分離課税制度の立法目的は正当なものであり、かつ、その目的達成の手段も合理的であるといえるから、これを憲法一四条一項に違反するものということはできない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録の記載を引用する。

第四争点についての当裁判所の判断

一  租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することはできず、これを憲法一四条一項に違反するものということはできない(最高裁昭和六〇年三月二七日大法廷判決民集三九巻二号二四七頁参照)。

二  そこで、右の観点から本件を検討する。

1  証拠(乙三ないし九)と弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一) 利子所得の一律源泉分離課税の制度は、昭和六二年法律第九六号(以下「本件改正法」という。)による改正によって採用されたものである。

本件改正法による改正前は、少額貯蓄非課税制度を初めとする利子非課税の制度が存し、多額の利子所得が非課税であったが、多額の利子所得が非課税であるのは不公平である上、利子所得を非課税とする政策的意義も失われたとして、利子所得に原則的に課税する方向で検討が行われ、その際、利子所得について総合課税することが検討された。

しかし、利子所得に対する総合課税の適正な執行を確保するためには、本人確認、名寄せを確実に行って、各納税者の利子所得を把握する必要があるが、利子所得は、発生の大量性、その元本である金融商品の多様性といった特異性を有しているので、各納税者の利子所得を完全に把握するためには、納税者番号制度等の大がかりな制度を必要とし、そのような制度は、納税者、金融機関、国、地方の税務当局にとって相当な事務負担や費用を強いることになる上、利子所得の把握体制が整備されたとしても、金融商品には、代替可能性、流動性があることから、他の形態の所得等に転化する可能性が高く、費用対効果の問題も考える必要があったので、利子所得を直ちに総合課税の対象とすることは現実的ではなく、適当でもない状況にあった。そこで、総合課税の制度は採用されず、一律源泉分離課税の制度が採用された。

もっとも、本件改正法附則五一条は、「利子所得に対する所得税の課税の在り方については、総合課税への移行問題を含め、必要に応じ、この法律施行後五年を経過した場合において見直しを行うものとする。」と規定し、利子所得に対する課税の在り方については、将来において見直すこととされた。

(二) 本件改正法による改正により、従来の利子非課税制度は、老人(年齢六五歳以上の者)、身体障害者等の預貯金等の利子に対する非課税制度に改組され、これらの者の預貯金等の利子については、元本合計九〇〇万円まで非課税とされた。また、勤労者財産形成住宅貯蓄契約に基づく元本五〇〇万円までの預貯金等の利子及び勤労者財産形成年金貯蓄契約に基づく元本五〇〇万円までの預貯金等の利子については、非課税とされた。

(三) 平成五年度の税制改正において、利子所得に対する課税の在り方が議論された。しかし、利子所得については、基本的に総合課税を目指すべきであるが、利子所得の特異性を踏まえて、課税の費用面、手続面等からの諸制約を考慮すると、一律源泉分離課税の制度に積極的な評価を与えることができるとして、一律源泉分離課税の制度が維持された。なお、納税者番号制度については、番号をどのようにして付与するか、どのようにしてプライバシーの保護を図るかといった問題が未解決であったほか、同制度に対する国民の理解もまだ十分ではなかったため、引き続き検討を行うこととされた。

平成五年法律第一〇号により、老人、身体障害者等の預貯金等の利子に対する非課税限度額は、元本合計一〇五〇万円までに引き上げられ、また、勤労者財産形成住宅貯蓄契約に基づく預貯金等の利子及び勤労者財産形成年金貯蓄契約に基づく預貯金等の利子に対する非課税限度額が、それぞれ元本五五〇万円に引き上げられた。

2  利子所得についての一律源泉分離課税の制度は、右1(一)認定のとおり、利子所得を直ちに総合課税の対象とすることが現実的でなく、適当でもない状況があったため、採用されたもので、右1(三)認定のとおり、その後見直しが行われたが、見直し後も、当初この制度が採用されたのと同様の理由で制度が維持されたものと認められる。

以上の事実からすると、利子所得について一律源泉分離課税を採用している法の目的は正当であるといえる。

3  もっとも、利子所得についての一律源泉分離課税の制度の下では、原告が主張するように、他の所得に損失が発生しても、それと利子所得を通算することができず、また、利子所得について所得控除を受けることができないため、利子所得が総合課税の対象となる場合よりも不利益な立場に立つ者が生ずることになる。そして、低額所得者にそのような不利益が生じる反面、高額所得者は、一律源泉分離課税の制度によって、かえって利子所得に対する所得税の負担が軽減される場合もあるものということができる。しかしながら、利子所得に対する税率は、一五パーセントであり、また、所得の稼得能力の減退した老人等については、右1認定のとおり、利子所得に対する非課税制度が認められている上、証拠(乙六)によると、低額所得者のみについて取扱いを異にする制度を設けることは、家族等への金融資産の分割等による租税回避を招くなどの問題があり、かえって不公平、不公正な結果となるおそれがあるものと認められるから、その区別の態様は、右目的との関連で著しく不合理であることが明らかであるとはいえない。

4  したがって、本件規定が憲法一四条一項に違反するものということはできない。

三  なお、原告は、本件規定は、国税の軽減、免除のための特例を定めるという租税特別措置法の趣旨に反すると主張するが、租税特別措置法一条は、「この法律は、当分の間、所得税・・・・を軽減し、若しくは免除し、若しくは還付し、又はこれらの税に係る納税義務、課税標準若しくは税額の計算、申告書の提出期限若しくは徴収につき、所得税法・・・・の特例を設けることについて規定するものとする。」と規定しているから、租税特別措置法の定める特例が、国税の軽減、免除のためのものに限られないことは明らかである。したがって、本件規定が徴税強化の規定であるとしても、本件規定が租税特別措置法の趣旨に反するということはできない。また、本件規定が租税特別措置法の趣旨に反するということのみで、本件規定の効力を否定することはできない。

第五総括

よって、本件請求はいずれも理由がないので、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 森義之 裁判官 岩松浩之)

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